標準・刊行物

IoT時代において新たな市場開拓の成功に導いた小電力無線通信の国際標準化と社会実装

沖電気工業株式会社  イノベーション推進センター
福永 茂氏
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 920MHz帯無線は、インフラモニタリングやスマートメータ等のIoTシステムに利用されており、無線LANで使用される2.4GHz帯に比べて干渉を受けにくく、電波到達性が高いのが特徴である。2012年から日本国内で無線周波数帯として利用可能になったが、福永はこの920MHz帯域の割り当てに必要となる技術規格の策定に貢献した。当時、各社が独自開発した小電力無線が乱立していた状況をふまえ、相互接続性とネットワーク品質の向上のために各社・機関と連携して国際標準化活動に参加し、IEEE※1での標準化に寄与したほか、国内においてもARIB※2標準規格の制定に貢献した。さらにOKIの事業部門による「920MHz帯マルチホップ無線 SmartHop※3」の製品化にも協力し、現在SmartHopはメーカ独自規格のIoT無線市場において上位のシェアを獲得している(2018年、ミック経済研究所調べ)。

スマート社会の実現に向けた通信事業の新領域“スマートネットワーク”にチャレンジ

 OKIは、人々が安心・安全・快適に暮らす「スマート社会」の実現に向けて、IoT/M2M関連の技術開発や機器の開発に取り組んできた。その注力する分野の一つに、様々なシステムや機器を簡単に接続することができ、省電力で信頼性の高いネットワークである「スマートネットワーク」がある。福永は、同分野の研究開発に長年取り組んできた。 
 2.4GHz帯に対応したZigBee※4の仕様が公開されたことをきっかけにスマートネットワークの商品化を目指す事業部門が設立され、福永は主要メンバーとして活動を開始した。当時、小電力無線に利用できる無線帯域は2.4GHz帯が中心だったが、2.4GHz帯無線は免許不要のため通信以外にも電子レンジなど多くの機器で使用され、さらに小電力無線通信に関しても、各社が独自に開発した方式が乱立した結果、電波干渉を受けやすく輻輳が多かった。この課題を解決し、またネットワーク設備や端末機器等の共通化による市場拡大を促進するために、標準化活動に参加した。

サブギガ帯無線技術の蓄積

 2005年に総務省からRFID※5用の950MHz帯域の小電力無線での利用案が示された。950MHz帯は、2.4GHz帯と比べると電波干渉が少なく、電波の到達距離が長い。さらに電波の回り込み性能に優れるなど、使い勝手が良い。パッシブ方式だけに割り当てられていた帯域を小電力無線、いわゆるアクティブ系無線へも割り当てることになる。当初は利用に懐疑的な意見もあったが、福永はIoT時代を想定し、当所から電波割り当ての検討に参加した。総務省情報通信審議会920MHz帯電子タグシステム等検討作業班の構成委員や、アクティブ無線サブグループの主査として業界の意見をまとめながら、電波法令案に必要な技術規格の策定を支援した。2008年に電波法が改正され、950MHz帯のアクティブ小電力無線システムの実用化が推進されることになった。同年にARIB標準が策定され、950MHz帯無線製品の利用が可能となった。OKIはこれらの活動を通じてサブギガ(1GHz以下)帯無線技術を蓄積した。
 日本では、2010年に950MHz帯を携帯電話で利用するためにアクティブ省電力無線は920MHz帯へ移行する方針が示され、2012年に電波法が改正され920MHz帯への移行が決定した。

図:920MHz帯無線通信モジュール

小電力無線マルチホップ通信の商品開発と標準化の推進により、IoTシステムへの活用を推進

 OKIのモットーは「品質重視」である。福永は、品質の高いネットワークによる安定した通信の実現を目指し、マルチホップ方式の標準化にも取り組むことにした。この方式は、複数の無線端末がそれぞれ隣接する無線端末を経由して、データを伝送していくという考え方で、山間部など無線が届かない場所の情報伝達を可能にする技術として注目されていた。以前から理論は確立していたが、安定した通信を実現できず、実用化は容易ではなかったが、OKIは海外を含む多くの企業と検討を進め、着々と技術を実用レベルに高めていった。
 同時に、2.4GHz帯の小電力無線通信の標準として主流だったIEEE802.15.4※6への日本の950MHz帯の適用をIEEEへ提案し、IEEE802.15委員会議長や、IEEE802.15.4標準化に参加するキーマンに粘り強く交渉し彼らの協力を得た。 
 IEEE802.15.4の950MHz帯対応を検討するためにIEEE802.15dワーキンググループが設立されると、福永は副議長と書記を兼務して活動を主導し、IEEE802.15.4dの標準化を実現した。

OKIの920MHz帯マルチホップ無線SmartHop製品は、IoTシステム市場を開拓、メーカ独自規格のIoT無線市場で上位のシェアを獲得

 2012年の920MHz帯開放を受けて、950MHz帯で蓄積した技術を活かし、OKIは独自に無線マルチホップネットワーク方式を実用化し、「920MHz帯マルチホップ無線 SmartHop」製品を発売、当時立ち上がったばかりのIoT向けに実績を積み重ねてきた。2020年末時点で、50社以上のパートナーがSmartHop通信モジュールを組み込んだ無線機やゲートウェイ製品、電力/温湿度センサ、計測・制御機器など約120製品を提供している。様々な分野のSmartHopパートナー製品の幅広いラインナップにより、ユーザは用途に適した異なるベンダーの製品を組み合わせたIoTシステムを構築できるようになった。
 OKIの主力ソリューション「インフラモニタリング」では、920MHz帯マルチホップ無線とIoTを活用して橋梁や支柱などのインフラ構造物の振動や変位を遠隔で収集し、状態の変化を検知・可視化する重要な役割を担っている。多数のセンサからデータを収集する大規模なセンサネットワークの構築に対応しているほか、現場の無線機器は電池やソーラーパネルでも長期間動作するため配線工事無しで設置でき、データ計測のための現場作業が不要となるなど、導入が容易でコストを大幅に削減できるのも強みである。
 また、2017年から米国、2018年から東南アジア主要国の周波数をサポートする通信モジュールを販売し、SmartHop搭載デバイスを開発・提供するパートナーの海外進出を支援している。2021年度末までに累計40万台程度のビジネス規模にすることを目標にしている。

 

図:920MHz帯マルチホップ無線ユニット

新市場開拓による事業への貢献を実現し、世の中の発展や革新に寄与できる国際標準化活動

 国際標準化活動では、競合企業の様々な思いが交錯し、当初描いた想定とは異なる結果に終わることも多い。しかし、920MHz帯無線マルチホップ技術は実用化され、国内外で広く利用されるようになった。これは1人の力ではなく、企業や業界団体の枠を超えて多くの技術者が長期間にわたり活動したことで、新しい無線帯域の割り当てや関連技術の国際標準化が実現された結果だ。標準化活動は研究開発とは求められるスキルが異なるが、最新技術の知見、貴重な人脈、新技術の事業化の経験など、得られるものも大きい。福永は、多くの後輩や若者達に、自身が携わってきたような市場を開拓するダイナミックな国際標準化活動に携わってもらいたいと考えている。

<本事例の標準について>

 

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沖電気工業株式会社
イノベーション推進センター 企画室 担当部長
福永 茂
 
 
 
  • 1991年4月 沖電気工業株式会社入社。研究開発本部にて画像符号化関連の研究開発、標準化活動に従事。
  • 2000年12月 同本部にてセンサネットワーク関連の研究開発、標準化活動に従事。
  • 2007年2月 センサネットワークベンチャーユニットにてZigBee関連事業の立ち上げ、標準化活動に従事。
  • 2010年4月 研究開発センターにてIoT関連の研究開発、標準化活動に従事。
  • 2012年4月 通信システム事業本部にて920MHz関連事業の立ち上げ、標準化活動に従事。
  • 2014年4月 研究開発センタ(現イノベーション推進センター)にてイノベーション創出活動に従事。

 

<注釈>

※1 Institute of Electrical and Electronics Engineersの略で、米国に本部を置く電気・情報工学分野の標準化機関。

※2 一般社団法人電波産業会(ARIB:Association of Radio Industries and Business)の略で、日本の携帯電話やデジタル放送に関する標準規定作成を行っている業界団体。

※3 沖電気工業株式会社の登録商標。

※4 ZigBee Allianceの登録商標で、センサネットワークを主目的とする近距離無線通信規格の一つ。

※5 Radio Frequency Identificationの略で、識別番号などを記録したICチップをタグなどに埋め込んだものから、電磁界や電波などを用いた近距離の無線通信によって情報をやりとりする技術。電源不要で外部からの無線通信用の電波からエネルギーを得て動作するパッシブ方式と、自らの電源で電波を発信するアクティブ方式がある。

※6 ワイヤレスセンサーネットワークの構築に適した無線規格の一つ。「IEEE」が仕様を策定。

 

<参考>

(2021年2月5日作成)