第11回 CTOグループ会合速報(ハンガリー・ブダペスト開催)
目次
1.はじめに
9月9日から12日まで、ハンガリーのブダペスト展示場(HUNGEXPO)でITU テレコムワールド2019が開催され、この機会に、第11回CTO(Chief Technology Officers:最高技術責任者)会合がテレコムワールド開会式前日の9月8日(日曜)に同会場で開催されました。今回のCTO会合は、2018年9月開催の南アフリカのダーバン会合(ブログ2018年9月14日号)に続くグローバルなCTOの集まりで、本年7月にTTCがホストしたCJK CTO会合(ブログ2019年7月22日号)はアジア地域版のCTO会合と位置付けられます。
CTO会合は、ITU-T局長とICT分野の民間企業や研究機関のCTOとが会し、産業界のニーズとITU-Tにおける今後の国際標準化の優先課題について整合するために、定期的に意見交換を行うことを目的としています。ITU-T局長のChaesub Lee氏は民間企業の意見を収集するためのCTO会合の活用に熱心であり、今後も計画が予定されています。
2. CTO会合参加者
今回のCTO会合の参加者は、民間企業や研究機関からは23組織の代表者が参加し、ITU事務局からはITU-T局長のChaesub Lee氏、ITU-T局長次長Reinhard Scholl氏、Study Group(研究委員会)運用管理部門長Bilel Jamoussi氏、また無線部門のITU-Rから局長次長のJeanna Wilson氏が参加しました。加えて、9月9日と10日には、ITU-Tの役職者を対象としたStudy Group Leaders Assembly会合(4.3項で解説)が開催されたことから、TSAG議長、SG12(品質)、SG13(将来網)、SG17(セキュリティ)のSG議長、FG-DPMとFG-NET2030のFocus Group議長も参加し、総勢40名を超える会合となりました。
CTO会合参加者の集合写真と会場の概観を写真2と写真3に、参加者の組織一覧を表1に示します。
No.
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組織
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国
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1
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China Mobile.
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中国
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2
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Du (Emirates Integrated Telecommunication Co.)
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UAE
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3
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Ericsson
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スウェーデン
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4
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ETRI
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韓国
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5
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Fujitsu Ltd.
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日本
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6
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Futurewei Technologies
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米国
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7
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Global Voice Group
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スペイン
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8
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Huawei
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中国、カナダ、ベルギー
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9
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Juniper
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米国
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10
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NICT
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日本
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11
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Nokia
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フィンランド
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12
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NTT
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日本
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13
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Orange
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フランス
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14
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Rohde and Schwarz
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ドイツ
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15
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Symantec
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米国
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16
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Telecom Review
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UAE
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17
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Telekom Indonesia
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インドネシア
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18
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TELUS
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カナダ
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19
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TIA
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米国
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20
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TTC
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日本
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21
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Tunisie Télécom
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チュニジア
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22
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UNITEL
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アンゴラ
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23
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Verizon
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米国
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ITU
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スイス
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3.CTO会合の主要な議論概要
今回議論された主な内容は、世界各国で本格的な導入展開を迎えつつある第5世代移動通信システム(5G)に関連する今後の検討課題を中心に議論しました。特に、5G時代におけるセキュリティ、ネットワークインフラの共有(シェアリング)、オペレータの投資、5Gや全光ファーバー網の将来網、QoS/QoE品質、AI(人工知能)やML(機械学習)の活用、などの課題と、近年の標準化における共通課題である標準化機関とオープンソースプロジェクトとの連携について議論しました。
以下に、CTO会合の合意内容をまとめたコミュニケの内容を基に、会合での議論要点を概説します。
3.1 5G時代のセキュリティ
現在では全てのウェブ接続の半分以上が暗号化されていますが、全てのウェブ攻撃の半数以上も暗号化されており、プライバシーやセキュリティの保護が大きな問題となっています。セキュリティ対策にAIおよび機械学習を利用する場合は、それらを組み込んだセキュリティ防御策がどのような影響を受けるかを分析する必要があります。さらに、量子情報技術が進展しつつある中で、新たなセキュリティ脅威がもたらされる重大な危険性があることも考慮しなければなりません。QUIC【注1】がTCPに置き換わり、DNSがHTTPS (DoH) 【注2】上で動作するようになり、ネットワークオペレータのセキュリティ防御策は、これらの技術進化を反映しなければなりません。また、ネットワークエンドポイントの数と多様性の急増と、レガシー技術と最新技術とが共存するなかで、5G時代において、ネットワーク防御に対する新たな影響を考慮する必要があります。
このような課題背景に対して、CTO会合では、5Gセキュリティに関する情報交換の必要性を認識するとともに、関連業界における大規模な協力と幅広い標準化団体からの連携が必要であるという共通認識を得ました。
CTO会合では、2019年6月に、カナダと英国の政府、ネットワークオペレータ、標準化団体、業界団体によって策定された「オタワ合意」について紹介がありました。このオタワ合意では、セキュリティ対策に関する連携対策として、次の3つのセキュリティに関する優先事項を提案しています。
- グローバル脅威交換: セキュリティ脅威に関する情報を交換し、セキュリティ要件、脅威モデル、攻撃ツリーの脅威情報を共有。
- 運用セキュリティのベストプラクティス: 5Gセキュリティのベストプラクティスの情報を共有し、重要なインフラストラクチャセキュリティフレームワーク、保証スキーム、および基本的なセキュリティ衛生の対策を図る。
- セキュリティへのインセンティブ: 合意された指標に基づく測定方法により、一般的なレベルのセキュリティへの注意喚起とセキュリティへの投資に対するインセンティブを生み出す。
CTO会合は、オタワ合意の3つの優先事項とITU-TのSG17(セキュリティ標準化専門家グループ)の優先事項とを整合させることを提言しました。また、5G時代のセキュリティに対する全体的な取り組みでは、セキュリティ対策の開発とそのテストと保証のためのグローバルセンターからサポートを受けることができ、このような複数の利害関係者が参加できる開かれた「リビングラボ」を設けることで、5Gセキュリティへの取り組みに結束をもたらし、セキュリティ対策のテストのためのコストを削減できるということです。
【注1】: QUICとはQuick UDP Internet Connections の略で、Googleによって考案されIETFで標準化されたUDP上で動作し、TCPのような信頼性とTLSのような暗号化できるトランスポートプロトコル。
【注2】: DoHとはDNS over HTTPSの略で、HTTPSを用いてDNS通信を行うセキュリティ技術。
3.2 ネットワークインフラの共有化
ネットワークオペレータが新しいソリューションを市場に出すまでの時間を短縮し、コスト効率を上げるのを手助けしてくれるネットワークのインフラストラクチャの共有化についての紹介がありました。コアネットワーク、局設備、バックホール、鉄塔および無線アクセスネットワーク(RAN)などのインフラストラクチャを共有する様々なシナリオを描くとともに、複数のコア通信事業者によるネットワーク共有の一例として、「Multi-Core Operator Networks」の事例が紹介され、これにより、通信事業者のネットワークインフラストラクチャへの投資を50%削減し、さらにネットワークの品質を向上させることができると述べています。
3.3 5G導入展開のためのビジネス的根拠
5Gは、バーチャル・リアリティや自動運転などのアプリケーションのために、より高速なモバイル・ブロードバンドや大規模なIoT、および高信頼で低遅延な通信を実現することから、5Gはネットワークオペレータにとって、消費者及び他の産業界に対して新たなサービスを提供する重要な機会となります。しかし、5Gの導入にはかなりの投資が必要であり、特に開発途上国のネットワークオペレータにとっては、5Gが提供するビジネス機会をより明確に把握することが重要である、と問題提起がありました。
CTO会合は、5G技術のさまざまな技術開発、実装、ユースケース、バーティカル実験からの学びを蓄積するために、ITUが「5G観察室」を設置する可能性を検討し、必要に応じて適切なガイドラインを設定することを提案しました。また、ITUが5G展開のビジネス的根拠について、オペレータのためのガイダンスを開発する可能性についても議論しました。このようなガイダンスは、5G投資戦略と資金調達メカニズム、異なる5G導入シナリオでのコスト比較、5G資産を収益化するためのビジネスモデル、5Gエコシステム、およびその構成要素が果たす役割をより明確にすることが期待されます。
3.4 将来ファイバ網
5Gの初期の商用導入の経験を持つCTOからは、5Gシステムにおける光ファイバへの投資の重要性が重ねて指摘されました。光ファイバネットワークは、情報社会の「バックボーン」を形成し、今日のウルトラ・ブロードバンド・ギガビット時代の基盤となっている重要なインフラストラクチャとして認識され、光ファイバへの投資は増加し続けています。
1~5Gbit/sのアクセス速度があれば、バーチャル・リアリティ、クラウド・ゲーム、スマートシティをサポートでき、5~10Gbit/sのアクセス速度があれば、ホログラフィック・コミュニケーションなどのアプリケーションを可能としてくれると分析しています。光ファイバネットワーク、技術とインフラストラクチャの標準化においては、ITU−TのSG15がリーダーシップを発揮しています。
このような状況を踏まえ、CTO会合は、ITUに対して、ITU標準であるFTTH(Fiber to the Home)技術を最大限に活用することで産業界をサポートするよう奨励しました。具体的には、ITUに対し、高度なFTTH技術に関連する標準化のギャップ分析、超低遅延な高品質サービス体験、データセンターやホームネットワーキングを含むすべてのシナリオの光ネットワーキング、クラウドコンピューティングとネットワークスライシング、AIによる自動化されたネットワーク運用と保守、などの検討を行うことを奨励しました。
3.5 QoSおよびQoEに関する規制の観点
パケットベースの通信への移行と、オーバーザトップ(OTT)アプリケーションの重要性の高まりにより、QoSおよびQoEの評価に新しい課題が生じています。データおよびデータ対応デバイスの価格が下がりつつあり、これらの品質評価の課題は発展途上国にとっての関心が次第に高まっています。また、規制当局は、ネットワークパフォーマンスのリアルタイム監視とパフォーマンス予測にますます関心を寄せています。
CTOは、ITUの「パフォーマンス、QoS、QoE」の専門グループであるSG12が開発した規制当局への技術ガイダンスは有益であることを評価しました。また、標準化における協力が、規制当局とネットワークオペレータとの間の共通の理解と信頼を構築するのにも効果的であることが示されています。
3.6 インテリジェントネットワークに向けて
機械学習は、ネットワーク管理およびオーケストレーションを強化するために非常に有望です。ネットワーク生成データから洞察を引き出すことにより、機械学習はネットワークの運用と保守の最適化をサポートするための予測を可能にします。この最適化は、ネットワークが広範なICTサービスの共存をサポートするために複雑さを増すにつれて、ますます問題化し、ますます重要になってきています。
CTO会合は、5Gおよび将来のネットワークへの機械学習の活用を検討するITU-Tフォーカスグループ(FG-ML5G)の成果を評価しています。このフォーカスグループは、ITUの「将来ネットワークとクラウド」の専門家グループであるSG13が親SGになりますが、この度、機械学習の現在および将来のユースケースに対応するためのネットワークのアーキテクチャフレームワーク標準を提案し、ITU勧告(Y.3172)としてSG13で承認されました。
このアーキテクチャフレームワーク標準は、ネットワークの運用管理作業への機械学習の寄与に対応する初期シリーズのITU標準の最初のものであり、この他に開発中の関連標準では、データ処理のメカニズム、「機械学習機能オーケストレータ」の設計、ネットワークを亘るインテリジェンスレベルの標準的な評価方法、および機械学習市場の相互運用性について記述しています。
3.7 標準化とオープンソースの相互作用
近年、ソフトウェアとハードウェアの両方の開発においてオープンソースを使用することは、標準化活動に付加価値をもたらすものであり、その活動はオープンソース開発の技術的側面とビジネス的側面の両方をサポートできなければならないと認識されています。
CTOは、オープンソース・コミュニティとITUとの相互連携の成功例を議論し、成功例としては、ACUMOSとONAP(Open Network Automation Platform)/ORAN(Open Radio Access Network)、3GPPとONAPなどの関係を例示し、標準化プロジェクトとオープンソースプロジェクトの両方に対するこの連携の重要性を強調しました。検討では、特に「クローズド・ループ」標準の概念、標準化の概念、協力に前向きなオープンソースプロジェクトの概念、などを調査し、適切に整合されたタイムライン、繰り返しの相互連携、および共通用語の採用など、前向きなコラボレーションを推奨しています。標準化プロジェクトとオープンソースプロジェクトとのクローズド・ループ標準開発により、オープンソースプロジェクトに対しては、標準準拠したコードが与えられ、標準化プロジェクトにとっては、実践的なフィードバックや標準の作業内容を新たに作り出すことが期待できます。
4. ITUの活動報告
4.1 ITU関連会合
ITU-Rに関しては、2019年10月28日から11月22日までのエジプトのシャーム・エル・シェイクにおけるITU世界無線通信会議2019(WRC‐19)の準備状況についてITU-R次長から説明がありました。WRCは、無線周波数スペクトルおよび衛星軌道の使用を管理する国際協定である無線規則の責任を負う会議です。
ITU-Tに関しては、2020年11月17~27日のインドのハイデラバードにおけるITU世界電気通信標準化集会(WTSA‐20)の準備状況についてITU-T局長から説明がありました。WTSAは、ITU電気通信標準化部門(ITU−T)の政府機関であり、ITU−Tの戦略、構造、および作業方法をレビューする責任を負います。
4.2 ITU-Tメンバーシップ
ITU-T局長Chaesub Lee氏は、ITU-Tメンバーシップの最新動向を紹介し、ITU-Tの加盟メンバーは増加しており、新規メンバーは40(14のセクターメンバーと26のアソシエーツメンバー)となっています。ITU-Tの新メンバーには、エネルギーおよびユーティリティ、輸送および物流、モバイル決済、OTTアプリケーション、自動車、IoT/M2M接続、分散台帳技術、量子通信、サイバーセキュリティ、AI、およびサービス品質など、広範なICT分野以外の会社が含まれています。
4.3 SGリーダーシップ会合 (Study Group Leadership Assemble)
2019年9月9~10日、ブダペストのITUテレコムワールドと並行して、第2回SGリーダーシップ会合が行われ、TSAGとSGの議長や副議長、ラポータ、フォーカスグループ議長などを含む50人以上の役職者を集め、ITU標準化に対する戦略的関連性が高い技術的事項を議論し、ITU-T活動間の協力を強化し、情報と結果をより定期的かつ効果的に共有する必要性を認識しました。
標準化における協調に関して特定された分野には、以下のものが含まれます。
- ネットワークおよびサービスのためのAIおよび機械学習の使用
- ネットワークスライシング(例えば、ネットワークスライスの多様性、それらの管理および動作、識別およびセキュリティ要件)
- データプレーン、制御プレーン、および管理プレーンの境界におけるネットワーク機能および能力(オーケストレーション)
- AIアルゴリズムのパフォーマンスとロバスト性に関してAIアルゴリズムをベンチマークするためのフレームワーク
- 健康管理、自律および支援された運転において、AIシステムによって使用可能にされるアプリケーション
- IoT、5G、ネットワークスライシング、およびその他の技術動向と、番号付け、ネーミング、アドレッシング、および識別
- アイデンティティ管理、ENUM、発呼者IDスプーフィング、および他のSS7脆弱性の軽減
- 5G時代のネットワークおよびネットワーク機能のセキュリティ、プライバシーおよびトラスト
- サイバーセキュリティ脅威情報
- エネルギー効率の側面と気候変動
- 様々な機能の編成を含むアーキテクチャの考慮事項および方法論
今回のSGリーダーシップ会合では5つのテーマセッションを構成し、プレゼンと議論が行われました。各プレゼンテーションの資料と各セッションの議論概要の要約が以下のURLから入手できます。
https://itu.int/en/ITU-T/studygroups/2017-2020/Pages/sgla.aspx
5. まとめ
5.1 CTOコミュニケ
今回のCTO会合の議論概要はコミュニケとして公開されます。このコミュニケの内容は、今後、来週から開催のTSAG会合に展開され、私が共同ラポータを務めるTSAGの標準化戦略に関するラポータグループで分析を行い、今後のITU-Tでの標準化戦略の検討に反映していく予定です。
5.2 今後の予定
ITU-Tの扱う課題とそれらを議論するメンバーの範囲が拡大しつつある中で、これらの動向に対応していくために、日本としては、WTSA-20での合意に反映できるように、APTにおけるWTSA準備会合、SGリーダーシップ会合やTSAG会合を活用し、ITU-TのSGの役割と体制の見直しについて検討していく必要があります。
次回のCTO会合は、2019年12月10日にUAEのドバイで開催予定のTelecom Review Summitの機会を活用しての開催と、2020年9月6-9日にベトナムのハノイで開催予定のITU Telecom World 2020のイベントの前日、9月5日に開催が計画されています。