ジュネーブでのRevCom/TSAG会合速報
6月に入りに関東地方の梅雨入りが宣言されしばらくがたちましたが、この時期は、二十四節気で芒種(ぼうしゅ)と呼び、稲や麦など穂が出て芒(のぎ)のある穀物の種をまく季節を意味するようです。この時期から梅雨が始まるといわれており、農家では田植えが始まっています。私の住む横須賀しょうぶ園には、花菖蒲や紫陽花が咲きはじめ、雨を受けて瑞々しさを放っています。そして間もなく夏至(げし)を迎え、暑さが加わり、蒸し暑い日本の夏が近づいてくるでしょう。
私は先週から、自分が議長を務めるITU-Tのレビュー委員会(Review Committee)と、関連するTSAG会合への対処のために、日本団の一員としてジュネーブに出張しておりました。自宅からジュネーブのホテルまで約20時間の移動で着いたジュネーブは、アルプスからの冷気がレマン湖に下ってきて湖面を伝わってジュネーブ市街に流れ込むことで、気温も下がり、蒸し暑さの無い爽やかな気候でした。ジュネーブ滞在中は天気にも恵まれ、会合前の週末には、市内バス8番とケーブルカーで行けるジュネーブ郊外のサレーブ山(標高1379m)に散策に出かけました。
今回のレビュー委員会とTSAG会合は、6月16日から20日までジュネーブのITU本部で開催されました。会合の詳細な審議内容はTTCの関連委員会で報告させていただきますが、本ブログでは、ITU-T局長のMalcolm Johnson氏が会合のオープニングスピーチで、今回のジュネーブ会合の三大トピックとして挙げた案件の動向について紹介します。その三大トピックのキーワードはパテントポリシー、デジタルマネー、航空管制クラウドです。
第一点目は、IPR(知的財産権)に関するパテントポリシーの改訂です。
標準化機関で適用されているパテントポリシーについては、ITU、ISO、IECで共通ポリシーを適用しており、TTCも共通パテントポリシーを適用していますが、最近のサムソン社のアップル社に対する標準必須特許による差止請求訴訟をきっかけに、既存のパテントポリシーの改訂がITU-T局長IPRアドホックグループで検討されてきました。アドホックグループでは、1)特許権の譲渡・移転、 2)reasonableとnon-discriminatoryの定義、3)差止請求権の制限、に関して2年近く議論をしてきましたが、1)の譲渡・移転については今回のTSAGでの合意に至ったものの、他の課題は特許保有者陣営と特許使用者(ライセンシー)陣営との対立があり、解決や妥協の見通しができておりませんでした。このような状況の中で、差止救済措置(Injunctive relief)に関するパテントポリシーの修正について、米国政府から緊急提案がありました。
米国政府は標準必須特許に関する訴訟案件が急増し、裁判沙汰に多大な労力と経費が費やされている状況に対して、何らかの打開の道筋を見つけようと、差止救済措置に関するパテントポリシーの修正案を提案してきました。企業間では決着がつきそうもない課題を米国の商務省や特許商標庁などの政府レベルで方針を示すことで解決を促進したいという考えでした。しかしながら、今回のTSAG会合では、米国は20人近いIPRの専門家が出席していましたが、日本を含めほとんどの国は今会合での進展は困難で継続審議扱いという姿勢で臨んでいたため、米国案への支持は得られませんでした。この結果、この問題は「reasonableとnon-discriminatoryの定義」と合わせ、今後の継続課題として整理され、アドホックグループに差し戻されることになりました。今回の審議継続判断では、次回2015年6月のTSAG会合で合意を目指した最終判断を行う可能性が示されたことで、エンドレスの可能性もある議論に期限が設定されたという意味で意義があったと言えると考えます。米国案は企業の利害関係を踏まえた政府サイドの意思表示であると考え、欧州での欧州委員会の判断とも連携していく可能性があり、特許保有企業とライセンシー企業の立場を超えて、妥協案の作成に向けた建設的な検討が必要になるのではないでしょうか。今後の国内での議論では、TTC のIPR委員会の場を活用し、日本としての方針の合意形成に向けた議論が幅広く活発に行われることを期待しています。
二つ目は、デジタルファイナンスサービスに関するフォーカスグループ(FG)の設立です。
マイクロソフト創設者のビル・ゲイツで有名なBill and Melinda Gates財団からの提案で、ITU-Tで「Digital Financial Services に関するFG」の設置が合意されました。提案は、主に開発途上国を対象に銀行口座を持てない人にも電子的手段(モバイルを含む)でマネーを安全に送受できるサービスの枠組検討をITU-Tで開始するというものです。この検討のための資金はゲーツ財団が貢献することも明らかにされました。このFG議長は財団から輩出されます。検討に関してはITU-TではSG2、SG3、SG13、SG16、SG17が関心を示し、他の標準化機関としてはISO TC 68、ISO/IEC JTC 1、GSMA(GSM Association), SWIFT(Society for Worldwide Interbank Financial Telecommunication)との連携の必要性も認識されました。この新しい動きに対して、日本企業はどのように対処するのか。情報収集を含め、TTCでの検討体制を議論していくつもりです。
三点目は、航空機航行応用クラウドコンピューティングに関するFGの設立についてです。
皆さんもご記憶があるでしょうマレーシア航空370便の行方不明の事件を受けて、5月末にクアラルンプールでITUが開催した航空機運航データのリアルタイムモニタリングに関する専門家会合が開催されました。今回のTSAGにマレーシア政府より、ITU-Tにおいて航空機航行データのリアルタイム収集のため、クラウドコンピューティングの航空機応用に関するフォーカスグループの提案があり、「Aviation Application of Cloud Computing for Flight Data MonitoringのFG」の設置を合意しました。標準化課題としては、ITU-Tで、クラウド技術の活用、データ検索やデータセキュリティ等の検討を開始するものです。また航空機運航データのリアルタイム収集の要求条件については、国際民間航空機構International Civil Aviation Organization(ICAO)が協力する予定です。この課題は、ITUの他、ICAO、ISO/IEC JTC 1、ISO TC 20などと連携していく必要が認識されています。FG議長はマレーシアが、副議長には中国とICAOから輩出される予定です。この新しい動きに対して、日本企業はどのように対処するのか。情報収集を含め、TTCで検討体制を議論していくつもりです。
今回のTSAGで合意されたFGの検討課題は、ICT技術に関する標準化を活用することで世の中に貢献しようという取り組みであり、ITSやスマートグリッド、Eヘルスなどと共通で、主管庁や業界を跨る業際課題と呼ばれるものであり、TTCでは業際イノベーション本部が目指す課題であり、スマートコミュニケーションAGで取り組んでいる課題です。
また、私が議長を務めるレビュー委員会は、これらの新しい課題にどのように取り組むのか、ITU-Tの既存のStudy Group構成をどう活用し、そのために必要な組織体制をどうするかが課題であり、今後の具体的なITU-T組織再編の議論を進めていきたいと考えています。