SG議長としてのITU-T SG15最終会合を終了
私が議長を務めるITU-TのSG15(Study Group 15)(光伝達網とアクセス網インフラストラクチャ標準化に関する研究グループ)会合の今研究会期(2009年から2012年)の最終会合が、9月10日から21日まで、ジュネーブで開催されました。日本では連日30℃近い残暑が続くという報道を聞いていましたが、その頃、ジュネーブは秋晴れの続く爽やかな季節となり、観光には良い時期になりました。ただ、議長としては、会議で朝から夜まで、週末も含めて、ITUの会議場と宿泊ホテルとの往復の生活が主となり、あまりジュネーブの季節を満喫する余裕はありませんでしたが。
写真は、青空の下の週末のITU本部タワー(写真1)とITU-Tのモンブリアンビル(写真2)、その周辺に建つ、国連欧州本部とその前の噴水広場(写真3)、広場には地雷撲滅アピールのシンボルである足の欠けた椅子のモニュメントが有名です。その次は、ビルの形状が美しいWIPO「世界知的所有権機関」本部ビル(写真4)です。これらは、週末にITU-Tの会議室に出向いた際に撮影したものです。
今回のSG15会合の参加者数は381名(17ヶ国)、寄書数は438件、会合中に作成された文書(Temporary Document)数は455件と、前回会合に引き続き大変に活発な会合でした。今会期の最終会合ということで、2012年11月にドバイ開催予定のITU-T総会WTSA(World Telecommunication Standardization Assembly)に対してのSG15としての最終提案を審議する機会でもあり、最終合意に向けた駆け引きが盛んに行われた会合でもありました。SG15には、3つのWP(作業部会)(WP1:アクセスとホームネットワーク伝送、WP2:光伝送網技術と物理インフラ基盤、WP3:伝送網構成技術)の下に18課題を有しており、個々の会合進捗については、TTCレポートでの詳細解説を参考にしていただくこととして、このブロクでは、SG15クロージングプレナリーでの決議に関わる重要トピックを中心に結果概要を報告します。
なお、SGプレナリーの模様は音声だけ(フロア音声と英語、フランス語、ロシア語、中国語の通訳4音声)ですがWebcastでインターネット生中継されました。また、録音としてアーカイブから再生が出来ます。ITU-Tの会員に与えられるアカウント(TIESアカウント)が必要になりますが、ご興味がある方は、以下にアクセスしてみてください。9月21日の14:30からのプレナリーが最終審議の山場の状況になります。
http://www.itu.int/ibs/ITU-T/201209sg15/index.phtml
また、今回のSG15会合は、今研究会期の最終会合というだけではなく、SG議長の任期は最大2期8年間のルール(決議35:SG議長、副議長の1回の指名の任期は最大8年とする。ただし、同じSGで副議長から議長になる場合、およびSGの再編、新設等で他のSGに移る場合にはさらに最大8年まで可能。)があることから、私が議長として務める最終SG15会合という意味もありました。何とか有終の美を飾って、無事に責任を果たしたいという願いでジュネーブに出かけました。しかし、会合準備の段階で、400件を超える寄書を分析していると、主要トピックにおける対立状況が鮮明になってきました。会合では、2週間にわたる審議が行われましたが、最終審議となるクロージングプレナリーの前日においても、いくつかの議論は紛糾し、WPレベルでの合意形成ができないまま、SGクロージングプレナリーに合意判断が任されることになりました。議長としては、大変厳しい議事運営を課せられました。
以下で解説しますトピックに関連の技術用語としては、MPLS-TP、ホームネットワーク、スマートグリッドです。
<MPLS-TPをめぐる攻防>
今会合での懸案事項の一つは、前回のSG15会合(ブログ2011年12月10日号と19日号を参考にしてください。)から対立が続いているMPLS-TPであり、今会合では前会合で凍結した勧告草案の承認手続きでの最終判断が求められることから、主官庁(Member State)の代表者間での合意形成が鍵となりました。関係国としては、このMPLS-TP課題に限った私なりの分類ですが、IETF派グループ(米国、英国、カナダ、イスラエル)とITU-T派グループ(中国、イタリア、韓国、日本)と、これに加えて、個別派(ドイツ)があります。結果的には、IETF派が歩み寄ってくれたおかげで、予定していた全ての判断事項は合意され、WTSAへの提案に向けても障害がなくなった形での環境が整いました。
MPLS-TPに関連した勧告草案については、勧告の全てに影響のあるPrecedence text についての合意をまず得ました。Precedence textとは、ITU-T関連勧告がIETF のRFCを参照する場合に、勧告のスコープテキストに付せられる文章のことです。MPLS-TPに関する仕様記述で、ITU-T勧告では従来のSDHやATM等の伝送技術に習って記載されていて、RFCでの記述表現と必ずしも一致していない、と読取れる場合が想定されます。その際に、IETF派のベンダを中心に、「勧告がRFCを参照する際に、常にRFCの記述を最優先とすべき、との注意書きをITU-T勧告に含めるべき」と主張してきました。この優先権表現を合意しないのであればIETF派ベンダは一切のMPLS-TPに関するITU-T勧告の承認に反対をする、という主張を繰り返し、この文章表現をめぐって審議の遅延をもたらしていました。参照仕様の解釈においてどちらを優先すべきか、という優先関係に関することからPrecedence text問題と呼ぶようになりました。ただ、あくまで解釈の問題で、個別技術にはあまり関係ない要素を含んでいることと、残念なことに、これはIETF派によるITU-Tにおける審議遅延妨害だ、という感情論までが交錯して、長期対立が続いていましたが、議長としては、この案件を今会期で片付けたいという想いがありました。今回、IETF派の主官庁との交渉で、ITU-T派の提案を認める妥協が得られ、関連ベンダもその判断に従うことで、結果として、「ITU-T勧告は従来の伝送技術を基に記載していることと、参照RFCと内容が整合するように仕様記述している」と柔らかく注釈することで合意し、IETF派の「一切のMPLS-TP勧告の承認をブロックする」という異常事態は回避されました。これは「決議において、主官庁とセクターメンバーの二段階のレベルがあり、最終判断においては主官庁の判断が優先される」というITUならでは国際標準化機関の会議ルールの長所であると考えます。
Precedence textの合意で、勧告草案G.8121(MPLS-TPレイヤ網のアーキテクチャ)のAAPにおける最終承認が行われると共に、勧告草案G.8113.2(MPLS-TPのOAM(運用保守)メカニズム)のTAPにおける勧告凍結(Determination)を合意しました。G.8113.2については、前会合では、G.8113.1とG.8113.2のうちG.8113.2しか認めないというIETF派の主張が対立し、G.8113.2の凍結をITU-T派が阻止してきましたが、今回カナダから、「両方の勧告を同時にWTSAに送り、両勧告の承認を求めるべきである。」という提案があり、これをIETF派の他の国も支持したことから、G.8113.1とG.8113.2の両方の勧告承認を受け入れるという環境が整い、IETF派とITU-T派の双方の納得が得られました。このMPLS-TPの議論の背景には、標準化組織としてのITU-TとIETFとの連携の仕方に関する課題と、IETFに影響力のある主要ベンダと従来の伝送技術を得意とするITU-T系ベンダとのビジネス競争での対立がありましたが、主官庁レベルの仲介により、今回の合意が得られました。この合意が、今後のITU-TとIETFとの関係改善に向けた新しい動きのきっかけになってくれるのではないかと期待しています。
<ホームネットワークの遠隔制御プロトコル>
ホームネットワークに関しては、前回会合で、BBF(Broad Band Forum)のTR-069を参照する勧告草案G.9980(宅内網装置の遠隔管理プロトコル)の承認がドイツの4週間保留付きで延期されました。最終的に、ドイツは勧告承認反対の回答をしてきました。勧告承認手続きのTAPでは、主官庁が一ヶ国でも反対すると承認ができない制約があります。議長としては、アクセス系の制御プロトコル標準としてITU-T勧告の要望が強い中で、ドイツのみの反対で、その理由も政府レベルの政策判断に関わり、純技術的なものではないことと、現状ではドイツに妥協の余地が見出せないことから、最終的に多数決で決議できるWTSAに勧告草案G.9980の承認を付託する判断をしました。
<スマートグリッド用物理伝送仕様>
スマートグリッド関連については、低速のPLC(power line communication)送受信器の物理レイヤ仕様を規定した勧告G.9955の改訂について、技術的に成熟した内容であることから、今会合でTAPにおける凍結(Determination)を合意しました。しかし、通常手順では、正式承認は次回のSG15会合(2013年7月)を待たなければならないことから、勧告時期を早めるために、11月のWTSAでの最終承認を求めることにしました。また、スマートグリッド用勧告体系を強化するため、新たに勧告番号G.9900番台を割り当てることとして、G.9955は勧告G.9901とすることも合意しました。
最終決議を行うSGのクロージングプレナリーでは、結果として46件の新規及び改訂勧告草案の承認行為を実施し、期待された成果を得て終えることができました。また、SG15全体の課題としては、次期研究会期のSG15が取り組む課題の構成と記述内容を合意しました。現状の18課題のうち、課題15を課題13に統合し、課題18を課題16に統合するなどの課題再編も合意すると共に、SG15のSGタイトルについては“Networks, Technologies and Infrastructures for Transport, Access and Home”に変更することを合意しました。従来のアクセス網に加え、ホームネットワーク用の高速伝送方式やスマートグリッド用の低速ホーム伝送方式の検討が活発になり、SGタイトルに「ホーム」の用語を追加することにより、ホームネットワーク課題を検討の柱に含めることの明確化を図りました。
上記の課題以外も含めたSG15の詳細な会合報告は、TTCにおける情報転送専門委員会、光ファイバー伝送専門委員会、次世代ホームネットワークシステム専門委員会、DSL専門委員会が課題をそれぞれ分担して行われる予定です。
最後に、最終プレナリー会合の模様を紹介する写真を掲載します。
写真5は最終SGプレナリーが開催された会場(CICGビル)の全景です。
写真6はSGプレナリーでの議長団の皆さん。
写真7はSGプレナリー会場の参加者側模様です。
写真8はSG議長の私から副議長とラポータの役職者への「4年間の標準化活動への貢献」に対する感謝状贈呈の模様です。写真の受賞者は課題8ラポータのNTTの荒木さんです。荒木さんは次会期のSG15副議長に立候補されています。
写真9は感謝状受賞者との集合写真です。
SG議長としての任務は、11月のWTSAでの報告審議まででありますが、8年間にわたるSG15の議長の役割を終えるにあたり、最終SGクロージングプレナリーでは、ITU関係者と会議に参加する世界各国の友人に、SG15標準化活動への貢献に対してのお礼を述べさせていただきました。この紙面では、加えて、日本国として、総務省をはじめ、TTC会員会社の多くの関係の皆様に対しまして、皆様のご貢献とご指導によりSG15での責任を果たすことができたと心から思っており、そのご貢献に対して心から御礼を申し上げます。SG15の標準化活動の推進に微力ながら関わることができたことは幸運であり、今までの経験を今後のTTCの運営に生かしていきたいと考えています。また機会があれば引き続き、ITU-Tの標準化活動に関わっていきたいと思います。今後ともよろしくお願い申し上げます。