TSAG会合速報:量子通信が標準化課題に
12月10日から14日まで、ITU-TのTSAG(Telecommunication Standardization Advisory Group:電気通信標準化諮問会議)会合がジュネーブで開催されました。今回のTSAG会合は、ITU-Tの2017年~2020年研究会期における第3回会合です。私は、TSAGにおける標準化戦略ラポータグループのラポータとして、総務省の参与辞令を受けて参加しました。
本ブログでは、TSAGの全体概要と前田が共同ラポータとして対応した標準化戦略ラポータグループで審議したSDGs(Sustainable Development Goals)と戦略的標準化重点課題、そして、中国提案による“Quantum Information Technology for Networks (QIT4N)”に関する新フォーカスグループ(FG)の新設の是非を議論した「量子通信」に関するアドホックグループの会合結果を中心に、TSAG会合の結果概要を速報します。
本ブログの目次構成は以下の通りです。
TSAG会合全体の結果については、TTCの国際連携アドバイザリーグループのTSAG対応タスクフォース会合で報告・審議しますので、関心のある方はTTCにお尋ねください。
1.TSAG全体概要
今回のTSAG会合には36か国から約120名の参加者がありました。日本としては、総務省国際戦略局通信規格課の戸田公司国際情報分析官を日本団団長として、今回は国内各社・団体(NICT、NTT、KDDI、日立、住友電工、三菱電機)から11名の現地参加者と、加えて、量子通信アドホックには佐々木雅英氏(NICT)、SG9議長として宮地悟史氏(KDDI)にリモートでご対応いただき、またNEC、富士通、パナソニック、日本ITU協会におかれましては、リモート参加で会合を傍聴されたようです。
TSAG会合では、ITU-Tにおける全てのSG (Study Group) の標準化活動を検証するとともに、会議規則や他の標準化機関との連携に関する手続きなどの見直しを行い、今後ITU-Tが取り組むべき標準化課題の分析を基に、次会期に向けたSG体制案の検討を行い、2020年のWTSAへの提案を検討します。
TSAGでの会合構成は、全体審議及び最終判断を行うプレナリー(第一日目と第五日目)とその間の3日間で課題毎に詳細検討を行うラポータグループ(RG)会合で分担して審議を行いました。今回の第三回TSAG会合では、ラポータグループは以下の6つの課題で役割分担し、各ラポータが議事運営を行いました。また、量子通信に関するFG設立是非の審議については、早朝、昼休み、夕方の公式時間外を活用して、量子アドホックグループ(議長:Arnaud Taddei氏(アメリカ、シマンテック)を構成して、4回の会合を開催して集中審議しました。
1-1 作業計画・体制RG(Work Programme and structure)
1-2 作業方法RG(Working Methods)
1-3 標準化協調強化RG(Strengthening Cooperation/Collaboration)
1-4 地域グループRG(Regional Group)
1-5 WTSA決議レビューRG(WTSA Resolutions Review)
1-6 標準化戦略RG(Standardization Strategy)
2.標準化戦略ラポータグループ
2-1 SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)
日本から寄書として、ITU-T SG(Study Group)の課題(Question)とSDGsの17のゴールとの対応のマッピングを示すとともに、各SGの今後の作業項目に対してどのSDGsに貢献できるかを明確にすることが標準化戦略上重要であることを提案しました。
米、英、ブラジル、サウジアラビアの他、SG2、SG3、SG16議長等からは日本提案に対して賛同の意見があった一方で、SG13議長、SG15議長からは、技術課題を中心に検討しているSGにとって、本マッピングを行う基準が良く分からないという意見があり、マッピングのガイドライン作成が課題として認識されました。SDGsと標準化課題とのマッピングについては、ISOやIECでも行っていますが、いずれも主観判断に依っており、マッピング適合判断の客観的なガイドラインの検討が期待されます。マッピングガイドライン案については日本からの寄書提案が期待されており、今後の標準化戦略RGの電子会議(2ヶ月に1回程度開催)や次回TSAG会合で議論していくことになりました。
2-2 標準化戦略的重点課題
標準化戦略RGでは、CTO会合での提案や各SGとの意見交換を通じて、ITU-Tにとっての標準化戦略上の重点化課題の整理(TD398R1)を行い、表1に課題をリードするべくSGとの関係をまとめました。前回TSAGの重点化課題に対して4つの課題(課題12~15)が追加されました。このリストは全SGにフィードバックされ次回会合までに、今後、どの課題が重要で、どのような体制で検討すべきかを検討していく予定です。同様に、TTCでの検討の進め方についても議論していく予定です。
3.量子通信アドホック
今会合で、中国寄書により、「ネットワークのための量子情報技術」(Quantum Information Technology for Networks:QID4N)に関するFGの設立提案がありました。ITU-Tでの量子通信に関する課題の扱い方針について、アドホックグループを構成し、今後の進め方を審議しました。
3-1 検討背景
- QKD(quantum key distribution:量子鍵配送)とは、量子暗号における根幹技術の一つであり、鍵配送とは暗号を復号するために必要な秘密鍵(secret key)を安全に配送することができる。
- 中国はQKDの研究が進んでおり、将来課題を対象とするFGの設置にこだわっており、FGが設置されれば中国主導のQKD標準化が進展する可能性が大きい。今回、中国からは中国科学院(CAS Quantum Network)等から約10名もの専門家を送り込んで来た。また、量子情報技術に関するチュートリアル資料(資料1参照)を提供し、理解を求めた。
- 日本ではNICT、NEC、東芝が「東京QKD ネットワーク」の研究成果をベースに、ITU-T SG13、SG17でQKD の標準化に取り組んでいる。日本側はNICTの量子ICT研究開発センターの佐々木雅英主幹研究員の全面的な協力を得ることができた。
- ITU-TのSG17、SG13でのQKDに関する標準化の他、ETSIでもISG-QKDが標準を作成している。中国提案の新設FGでの検討が、既に開始しているQKD関連の検討との重複や既存組織での検討遅延などの悪影響を及ぼすことが懸念であり、日本は基本的反対の立場をとった。QKD標準化で中国に主導権を渡さないように中国提案のFG付託事項(ToR:Terms of Reference)の修正案を用意することで、妥協案の検討に貢献した。
- 主管庁の代表が多く占めるTSAGでは、現時点では「量子」を理解できる専門家は少なく、「量子通信」はまだ研究レベルとの認識があり、アメリカからは標準化の取り組みは時期尚早という立場が示され、それに、カナダ、イギリスなどが追従し、中国の新規FG設立案に反対した。アドホックの最終段階でも、FG設置が合意できる見込みは少なく、中国には全てのQKD課題をToRから取り除くよう助言したが、中国は受け入れずToRの小幅な変更案を提案した。ToR修正案は日本からのコメントを全て反映していたので、FG設立の中国案を支持した。
3-2 今会合の合意内容
- アドホックとしては、量子情報技術に関するFGの新設の合意は得られない、という結論になった。中国は次回2019年9月のTSAGで今回の議論を踏まえた新たなFG設立提案を行うかもしれない。
- 議長裁定として、中国には次回TSAGまでに量子情報技術に関するワークショップを企画開催し、幅広い専門家を集めての情報交換の場を提供することを要請した。これに対して2019年の5月か6月に上海又は香港で中国がホストするワークショップ開催の意向が示された。また、中国には量子情報技術に関する寄書をSG13とSG17に提出するよう要請し、了解が得られた。また、中国は量子情報技術に関するチュートリアル資料(TD416R1)の内容を詳述する技術レポートを作成することが要請された。
- ITU-Tでの量子関連の検討について、SG13は2019年に2回のSG会合を開き、SG13の中間会合の1つでワークショップを開催する可能性がある。また、SG17は2019年に2回のミーティングを開催し、次回の2019年1月会合で量子通信に関するミニワークショップを開催する予定がある。
3-3 審議結果の意義
- 日本は東京QKDネットワークの開発実績があり、それを基にしたITU-TのSG13とSG17でのQKDの標準化に前向きに取り組んでいることをアピールできた。
- 日本は元々、SG13とSG17のQKDに関する検討との重複を懸念しており、FGからQKDの課題を取り除くToR修正を中国に助言してきたが、複数国がFG設立を反対する中で、結果としてFGの設置は否決された。
- FG設立に関するToR改訂検討を中国の研究者と一緒に行なったことにより、中国の研究者コミュニティとの関係を構築することができた。
- 量子情報技術は最先端の研究開発案件であるとともに、高度な通信セキュリティの実現に関わる標準化課題であり、産学官が連携した日本としての標準化戦略としての検討が重要であることが認識された。
4.今後の予定
4-1 TSAG会合
- 2019年9月23日-27日(ジュネーブ、スイス)
- 2020年1月20日-24日(ジュネーブ、スイス)
- 2020年7月6日-10日(ジュネーブ、スイス)
4-2 標準化戦略RG中間会合(電子会議)
- 第1回電子会議:2019年2月28日(ジュネーブ時間13:00-15:00)
- 第2回電子会議:2019年4月25日(ジュネーブ時間13:00-15:00)
- 第3回電子会議:2019年6月27日(ジュネーブ時間13:00-15:00)
- 第4回電子会議:2019年8月29日(ジュネーブ時間13:00-15:00)
おわりに
ITU事務局は12月22日から1月6日まで年末年始休暇ということです。ジュネーブの街中はクリスマスセールとクリスマスイルミネーションでにぎわっていました。写真はレマン湖畔に立ち並ぶ有名ホテルのクリスマスイルミネーションの私のベスト3です。
本年もTTCマエダブログをお読みいただきありがとうございました。新年も引き続きよろしくお願いいたします。皆様、良いお年をお迎えください。
参考資料
資料1:量子情報技術に関するチュートリアル資料(PDF:6MB)
表1. 標準化戦略上の重点化課題候補と関連ITU-T SGとの関係
重点化課題候補
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関連ITU-T SG
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1) OTT services and the economic impacts, Cross-industry collaboration
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SG3、SG2、SG9、SG16、SG17
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2) VoLTE/ViLTE interconnection and adoption of ENUM for IMS interconnection
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SG11
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3) Intelligence for network automation, augmentation and amplification
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SG13、SG9
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4) Open APIs, enabling third parties to access and build on network capabilities to develop innovative, reusable services
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SG13、SG11
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5) Realizing 5G/ IMT-2020 vision
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SG13、SG2、SG5、SG11、SG12、SG15、SG16、SG17、SG20
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6) Gigabit-speed broadband access services and networks
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SG15、SG9
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7) Data Center Interconnection for OTT and vertical industries
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SG15、SG11、SG9
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8) Augmented reality & virtual reality, video services
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SG16、SG12、SG11、SG9
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9) Accessibility by design, mainstreaming the consideration of needs of persons with disabilities and other persons with specific needs to build inclusive ICT solutions
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SG16、SG2
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10) Security, Privacy and Trust
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SG17
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11) Analytics, supporting the development of evidence-based, data driven services
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SG20、SG17
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12) Intelligent network management towards future networks
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SG2
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13) Environmental efficiency of emerging technologies
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SG5
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14) Digital health
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SG16
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15) Interoperable Quantum safe communications/ Quantum Resistance
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SG17, SG13
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